いったい何が不満だったの?(超長文)

今日もGRAPEVINE「I&MORE」からですよ。
さて、学祭終了後いろいろ僕の活動している部活、放送部ではいろいろな問題が見え隠れしているようですね。
心配したり楽観視したりたくさんの話が僕の脳内にインプットされています。
何人かの人には俺の考えを直接的に話はしてますが(むしろゆっきーとSSYの二人くらいか)、
せっかくなのでこのあたりでまとめておこうと思います。
放送部に対する現在の状況と、その対策について、そして俺の思ってることを書いているのでとても長い文になっています。
興味ない人、関係ない人はスルー推奨。


まず今部の軸になってるのが16,17。
16が部の主幹になって約一年、学祭も終わったことでそろそろ各個人がどういう態度でいるか、ということが分かってきました。
部代表、14庶務、14渉外の3人と貧食会議をしたときに出たのは、
・明日来派(正確には『「本名の苗字」派』なんですが)
・みしゅ派
・某NKST派
の3つ。


スタンスとしては、非常に簡潔に言うと上から、
・まず遊べ、友達や人のつながりを最重要に。
・与えられた課題をこなし、その中で楽しみを見つけたり、発展させて楽しみを見つけたりするうちで、人間関係を学んで欲しい。
・まず働く。与えられた仕事はきちんとやる。
まぁ本人が見たら否定されそうですが、客観的な立場にいる人と話をした結果こういうことになりました。


ここで問題になるのが、伝達手段の巧拙。
明日来は16でもポケット枠の短縮を成功させたりする上、喋らせてもキャストやらせても出来る、さらに発言力もある天才肌的実力派。
それに比べて俺は「言いたいことをすべて言わない」(某NKST嬢)人間で、正確には思考時間が長いために言うタイミングを逃しているんですが(笑
某NKST嬢は典型的な職人気質。いわゆる「伝え下手」が災いしているので背中を見て育てるタイプになっている。


17に対する影響力なり、悪い言葉でいえば「囲い込み」は持ち前のキャラと巧みなメール術で引っ張る明日来と(笑)、とにかく部室出現率と金に物言わせる俺(笑)の2人が中心になるようで、後はゆっきーかな(笑
みしゅ派は「ゆっきーの傀儡政権」やら「ゆっきーチルドレン」なる言葉まで誕生してるくらい面白い状況になってるんですが、一応割愛。


ここでこの「問題」と「囲い込み」について言及すると、
少ない部室出現率でも影響を与えられる明日来と、部室に来ないと影響力を与えられないみしゅ。
しかし夏休みから俺は2セメに入って自分の時間(旅行)〜研究室と部室に来る状況にならなかった。
加えて上の人と散々飲んだり遊んだり相談を受けてもらったりなどTBAの歴史については16の中で学んでるはずの俺が、夏休みという下の人間にそれを伝えることができる大チャンスを逃しているという体たらく。
後は目先の問題に引っ張られた(詳しくは言えませんが)こともあってそういうことを伝えるのを忘れていた。
こうなると空気的に明日来派が台頭してきてもおかしくない。


今の17の空気に退廃感が出ているのは、個人のやる気・興味と実際の活動内容にずれが生じてきていること。
それと同時に各個人の中でやる気のある人とない人の間でずれがあること。
もう一つはそれによる人間関係。
このことについては折々以下に述べることから察して欲しいし、後に述べることとする。


現在問題になっているのは特に学祭周辺の状況なので、ここで学祭の話に集中する。
そしてここまでで言いたいのは、あくまで「明日来派」の否定ではないことに注意して欲しい。
特に去年の学祭中に感じたのは「もっと時間が欲しい」ということ。
学祭前日の会議で現庶務が言った様に、本来学祭は「楽しむ」もの。
例えば、フリーマーケットとか変な例で言うとコミケとかっていうのは、「売るほうも買うほうも楽しむ」というスタンスで行われている(はずだ)。
つまり仕事仕事で本来の性格を見失ってはいけない、ということ。
某NKST嬢は16・17が働いていなかった、ということをしきりに仰ってましたが、俺は少なくともそう感じていない。
彼女はどこかしら絶対的仕事量(部トータルとしての仕事量・各代の仕事係数/部の人数)で考えているのではなく相対的仕事量(自分とA君の仕事量の比較、自分とBさんの・・・)で判断しているきらいがある為である。
当然出し物がお好み焼きからポトフに変わって、16・17共に非常に楽な状況となった。
空いた時間を自分の楽しみに与えるのは何も問題ない。
屋台の宣伝云々を言うのであればそれはもっとシフトに工夫するなりをしなければならない。
ここで反例として、「部のために(売り上げのために)個人で動かないと駄目」というものがある。
これは至極当然なのであるが、そもそも前回の反省を生かして売り込みを体系的に出来ていたか、準備をしていたか、ということを考えると誰も何をすればいいか分からなくなる。
1日目か2日目の反省会で宣伝について意見が出たとき(某KR君を除いて)誰も何もいえなかったのはそのせいでもある。
売るための努力は、「何を出せば売れるのか」ということに終始して、「どう宣伝すれば売れるのか」についてはほぼ論議していない(16会議を思い出して欲しい)。
これは当然俺にも責任はあるし、全員に責任がある。
つまり、屋台に関しては、「誰がどう動けばいいか分からない」という状態であったため、俺個人の中では16・17は十分な働きをしていたと感じる。
(加えて屋台に積極的に関わっていた一年生には感謝したいと思っているし、よく働いたと評価してやりたい。)
また、公開DJにおいては準備段階の不備が目立っていたため、成功したものは少なかったと思う。
前情報に変な情報が混じっていたことについても失敗の一つの原因にはなっているのではないか。
例えば、
・体を張ればウケる
・TVの番組からただ引っ張ればよい
このほかにもいろいろあったが、これはあくまで「内輪ネタ」でしかない。


それではまずここで何のためにポケットをやっているのか、ということにも触れておこう。
ポケットは現在生協購買部の奥半分でしか聴けない上、リスナーからの反応が全くといっていいほどないというラジオ番組で言うといつ打ち切りになってもよいものである(やや自虐交じり)。
常によく言われているのが「反応ない番組をやって何の意味があるの」ということであり、それが部のメイン活動となっている為やる気の低下、質の低下が起きてしまう。
では、なぜポケットを続けるのか。
ここで俺が今まで上の人と話して教えてもらったことをまとめる。
基本3点は以下の通り。
・喋ること、伝える姿勢を覚える。
・機材の動かし方を覚える
・企画の練り方に工夫をすることを覚える
その延長線上にあることとして、
・同じシフトになった者同士のコミュニケーション
・DJ能力・Mixer能力・PD能力の一定レベルまでの上昇+α
となっている。
つまり、今の状況では(ある種仕方なく)ステップアップ・踏み台として捉えて欲しい。


閑話休題、そもそも高校時代までずっと運動部として活動していた俺としては「毎日部室に行くこと」、「毎日練習すること」、「大会(などの目標)に向かって活動すること」は当然のことだと思っていた。
俺が部室にいつものように行っていたのはそういうバックグラウンドがあるためである。
当然その中で俺は本職DJとして他の人の番組を聴いて「他の人がどう喋るか」、「自分であったらどう話すか」ということを考えているので、部室に来ること字体に非常にメリットがあった。
その過程でMixerの基本操作、PDの企画についても自分なりの勉強はしている。(PDとしてはパッとしなかったけれども)


さて話を本線に戻そう。
つまりポケットの存在意義としては、繰り返すが「自らのレベルの上昇のため」である。
俺としては一つの得意分野と、平均レベルのサブ分野を持って欲しい。
一つに特化するのもこの部にはプラスでもあるが、もったいない。
週5でバイト入ってるならまだしも、兼部で週4つぶれるので部室に来られないというのならまだしも、うちの部で何かを覚える余裕はあるはずなのだ。
まずポケットというルーティンアクトで何が出来るか、何が楽しいのか、と言うことを上記にあげたうちからしっかり覚えていて欲しい。
少なくとも意味の無いことを昔からやっているわけではない。
部の歴史・性質としてやるべきことはやるべきで、何のためにやるのか、ということを考えておくなり、分からないときは上の人に聞くという姿勢はありたい。


ここでポケットの話にシフトしたわけであるが、学祭の話と総合して考えてみる。
つまり反復練習であるポケットの一つの延長線上にある(運動部でいう)「大会」として、学祭・公開DJがあるわけである。
ポケットを漫然とやっていれば公開DJに人が来るわけでもないし、反応はお客さんの顔を見れば分かる。
ポケットで「リスナーの反応がない」といってやる気が出せないと思っている人がいるなら、学祭の公開DJでそのフラストレーションを晴らすべきである。
公開DJでお客さんの反応がどうであったか覚えているでしょうか。
思い出して欲しい。
(ときに発想が準備段階を超えてお客さんに受けることもあるが、それは今まで部内部外で何をインプットしてきたかと繋がっているので、それはそれと考えて欲しい)


さて話が前提から結構脱線してきた。
学祭の仕事について最初は論じてきたわけで、今度は学祭における公開DJの「喋る以外」の仕事について考察していく。
屋台で空いた時間分を公開DJの裏方として働くのは大いに結構。
しかしその量や時間について他人と比較するのはある種ナンセンスな部分がある。
これはどういうことかというと、「学祭は楽しむ」という前提では個人の時間を優先するところがあってもいいと思うし、常に裏方として張り付くのは学祭を楽しめない原因になりうる。
だが、問題になるのは仕事に関わらない時間が長すぎる場合。
参加する側としては当然どこかで「自分の仕事があるのではないか」ということを頭に入れて欲しい。
与えられた仕事しかしないのであればそれは18歳を過ぎた人間として根本的に問題がある。
それはバイトとかまた社会人になってから欠陥として現れるよ。
姿勢として適しているのは、一度誰かに「仕事ありますか?」と聞いて、「ない」と言われた時にそれ以降を自分の時間として持つこと。
ある場合は仕事をして、適宜同期のやつなり下の人間なら暇そうな上の人間に替われば良い訳で。
だから俺は某NKST嬢の様に働くことを前提としないし、明日来のように楽しむことを前提とする立場を取らない。
組織にいる上では仕事は重要であるし、個人として学祭という場では楽しむことも重要。
大事なのはバランスだと思っている。
仕事は自分で探してしっかりやり、空いた時間は目一杯遊ぶ。
バランスと柔軟性。
自分の頭で出来る限り考えて欲しい。(遊ぶとき・楽しむときは出来るだけ遊ぶこと・楽しむことに集中ね)


ここまで学祭について述べてきた。最後に学祭についてのまとめと俺の評価を記しておく。
特に一年生は初めての学祭でどう動けばいいか、何をすればいいか、ということが分からなかったと思う。
でも、これは与えられるものではなく、自分から見つけること。
忙しいことがあったほうが楽しみを実感できるし。
また忙しさの中から楽しみを見つけるというスキルも得られる。
「何が出来るか」「何がしたいか」ということをあわせて来年の学祭では動いてください。
自分で考えるなり、何人か、また全員で話し合っていろいろ考えてください。
そこからが自らの進歩につかがる、というものです。
二年生。態度が人によってまちまちなのは少し気になりますが。
某NKST嬢が言っていた様に一年生と二年生はさほど学祭中は変わってませんでした。
最初はそれに疑問を覚えていましたが、ここまで書いてきて最終的にはそこについては同じように思いました。
でも、二年目として全体的な動きは(どうしても書かなければならなくて残念だが、一部の人間を除いて)良かったと思う。
来年からはほぼノータッチですが、出来るだけ下をサポートすること、邪魔をしないことに勤めましょう。
うちの部にいるうえでの楽しみ方はかなり理解してると思っているので。
皆大好きだよ(笑)
15以上の人。
上の先輩としてサポートなり企画での頑張りなどいいものを見せてもらいました。
一つ注文をつけるとすれば、危機感を持っているならば公の場でしっかり言ってください。
16、17で見えない部分が15以上には見えてることは部の在籍が長い分あると思います、いや、あります。
そういうことを言っていかないと、16はもちろん17は全く分かりません。
良く話す人にだけ言うのではすべてが伝わるわけではないですよ。
学祭前中後いつだってそう。
16の部の活動を愛している人に(俺を含め)伝え下手が多いのも問題ですが。
引退して小言だけを言うのが3年生以上の役目ではないと信じています。


さて、ここまでが学祭。
されで最後、全体的なTBAの将来を見据えた個人的まとめに移ります。


遅ればせながら言いますが、というより常に言ってます。
いまさら言うことでもないです。
僕はTBAを愛しています。
部としてよりよい方向に言ってほしいし、やるべきことはきちんとやって欲しいし、きちんと結果も出して欲しいし、何より全員が楽しんで欲しい。
今回便宜上「仕事」という言葉を多く使いましたが、本当は全て「活動」です。
本心のところ活動を仕事だと思って欲しくない。
やることも楽しむことも自分で見つけ出すこと、それはTBAだけでなく、全てのサークル、部活、仕事、組織において共通しています。
大学のサークル・部はその縮図だと思っています。
この前SSYやゆっきーと話をしたときに出たのが、「最近の人は楽しみを見つけ出すことが下手なのだろうか」ということ。
これは俺がずっと思っていたことなのですが、ゆっきーが某所でまとめていたので俺のいいたことを的確に著しているものとして引用します。



さて、どの年代の方がココをご覧になってるか分りませんが、

公園に遊びに行った記憶がない、という方はほとんどいないと思います。

公園といっても大小さまざまありますが、

ココで言う「公園」は町のどこかにあるような、小さなものです。

ジャングルジムがあって、ブランコがあって、鉄棒があって、

ちょっとした広いスペースと砂場があって、シーソーぐらいはついてて、

はい、それでおわり、みたいな場所。




ココで皆さんは、どういう遊びをしてきましたか?

もっと言えば、この歳(各々の齢で結構)で、どういう遊びをしますか?




かく言う自分は日曜日しか父親と会えなくて*1、

そのかわり父親がいる時はかならず公園に連れて行ってもらいました。

キャッチボールが好きで、とりあえずはじめてみる。

そのうち疲れてきて、じゃぁ別の遊びをしよう、ってことになる。




「さて、僕は何をしよう?」

とりあえず弟を連れて、鉄棒でレモン跳びをしてみたり、

砂場で要塞を築いてみたり、いろいろしてみようと公園を散策した。






一つ前の「こらむ」で「楽しむ」ことに関して言及したけど、

現代人が楽な方向に流れようとするのは、

「楽しみを能動的に見つける能力」の不足なのかな、と思う。

バブル期以降の娯楽の飽和で、いくつも遊び道具が生まれた結果、

無から有を生み出す遊びをする能力が低下した。

なるほど、と思う。




それが大学生になって、与えられる状況が深刻になることで、

その中で(言わば逆境で)「楽しむ」ことが出来なくなって、

ひきこもったりふらふらしたりする。




特に大学生の皆さんへ。

楽しみなんて、どこにでも落ちているし、

ないならないで、自分で作れるもの。

与えられた状況を「つらい」と嘆かずに、

まずは「どうやったら楽しめるか」考えてみましょう。


皆さんはどう感じているでしょうか。
与えられた環境で、やることはやって、その中から楽しみを見つけていますか?
思うように行かない活動の中から楽しみを見つけ出すことを怠っていませんか?
そのせいで部が面白くない、と感じていませんか?


今17の部に対する情熱とか、姿勢があらゆる人に問題として捉えられています。
これを見た17の人は改めて自分の部に対する心構えを考えてみてください。
俺の思っていることの75%以上はここに書きました。
人間関係はよほどのことがない限り時間が経てば消化されますし、後は個人のプライドとか、考え方の問題です。
俺が言うのもなんですが、いらないプライドが人間関係の邪魔をすることに全員が気付くべきでしょう。
自分がやりたいことだけやって突っ張ってては何も生まれません。
考えて、考えて、話し合ってください。
縁で集まった人たちです。
全員が集まるといえば、その日を無理やりでも空ける位の気概が欲しい。
ろくに話し合ってないでしょ?
話し合う機会から眼をそらしてるでしょ?
今ある活動をしっかりやるため、自分のスキルアップに繋げるため、同期としてうまくやっていくため、部をあるべき場所として残していくために。
個人で何が出来るか、何をしたいか、どう考えているか、
全体で何が出来るか、何をしたいか、どう活動していくべきか。
今のぬるま湯の状態ではそのまま冷え切ってしまいます。
本当に文字通り熱くなるくらい話し合ってください。
上の人間ははいくらでも歴史とか、伝統とか、大げさに言えばそれの破壊、創造、を繰り返した過去など教えられることは一杯あります。
いろんな人と話をしてください。
そして考えてください。


最後にもう一度言います。
僕はTBAを愛しています。
与えられた状況で楽しむ術を得たし、今どんな活動を与えられても楽しむことが出来ると思ってます。
僕が最近幸せだ、といってるのはそのためなんです。
楽しみをいかなる状況でも見つけ出すこと。
前回の日記でも書きました。
最近幸せな奴いねぇんじゃねぇ?


精一杯楽しんでください。
楽しみを見つけてください。
そうすれば、自分の今いる状況、活動、組織、そういうものを愛することが出来ると思ってます。


長くなりました。
足りない部分もあろうかと思います。
そんなところはまた教えてください。
ここまで読んでくださった関係者皆に感謝の意を述べます。
本当にありがとうございました。